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難波啓一(大阪大学院生命機能研究科)
大腸菌のように、バクテリアは長い鞭毛(べんもう)を回転させて推進します。
その回転数は1分間に約2万回(F1レーシングカーのエンジン並の高速回転!)、消費エネルギーは1千兆分の1ワット、エネルギー変換効率はほぼ100%近くを誇ります。
大きさ約30ナノメーターのこの鞭毛「モーター」は、自然界で最も小さく最も強力なモーターの1つなのです。
鞭毛モーターは約25種類のタンパク質からできていて、その構造は人工の電気モーターと驚くほどよく似ています。
回転子、固定子、反転制御装置、軸受け、自在継ぎ手、スクリューに相当する構造を持ち、しかもこれらモーターを構成するタンパク質の「パーツ」は、自ら組み上がる自己組織化能力を持っていることです。
スクリューに相当する鞭毛は、太さが24ナノメーターの「フラジェリン」というタンパク質がらせん状に重合して伸びた繊維からなっています。
繊維そのものは回転機構を持っておらず、繊維の付け根に「回転モーター」があり、細胞内外のイオン濃度勾配から生じる水素イオンの流れを動力にして、水車のように回転する仕組みです。
ナノスケールのパーツを精巧に組み立て、高出力エンジンを搭載したバクテリアは、それ自体が優れたナノマシン(分子機械)と言えます。
分子第4講座/名古屋大学-べん毛モーター研究グループ
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難波啓一(大阪大学院生命機能研究科)
タンパク質の持つマイクロスケールの構造を自己組織化(自らを形作る)する能力は、MEMS(微小サイズの機械装置)の設計に役立てることができます。
日本の
ERATO難波プロトニックナノマシンプロジェクトでは、
Spring-8の測定装置を利用して、鞭毛を構成するフラジェリンの立体的構造や、フラジェリンが様々ならせん構造を取る仕組みが明らかにされました。
ハーバード大学の研究者チームは、「鞭毛」をプロペラのように回転させて、液体中を1秒間に30
マイクロメートル以上の速さで泳いで進む金属製のナノマシン(長さ2
マイクロメートル、幅200-300ナノメートル)を開発しました。
研究チームは、地場を与えた空間内でこのマシンを正確に誘導して、直径が300ナノメートルのビーズ球をナノマシンで押して動かすことに成功しています。
同様のナノマシンは、スイスのチューリヒ大学(
IRIS :: Bio-inspired Helical Swimming Microrobot)でも開発されています(リンク先で動画を見ることができます)。